クエンティン・ブライス
クエンティン・ブライス Quentin Bryce | |
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2016年12月 | |
生年月日 | (1942-12-23) 1942年12月23日(81歳) |
出生地 | オーストラリア クイーンズランド州ブリスベン |
出身校 | クイーンズランド大学 |
前職 | 大学の非常勤講師 |
称号 | デイム |
配偶者 | マイケル・ブライス |
子女 | 息子3人 娘2人 孫6人 |
オーストラリア 25代目総督 | |
在任期間 | 2008年9月5日 - 2014年3月28日 |
国王 首相 | エリザベス2世 ケビン・ラッド ジュリア・ギラード トニー・アボット |
在任期間 | 2003年7月29日 - 2008年7月29日 |
州首相 | ピーター・ビーティー アンナ・ブライ |
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デイム・クウェンティン・アリス・ルイーズ・ブライス(英語: Dame Quentin Alice Louise Bryce AD CVO、1942年12月23日 - )は、オーストラリアの政治家である。24代目クイーンズランド州総督を経て25代目オーストラリア総督。
経歴
1942年12月23日にブリスベンに誕生した。クイーンズランド大学を卒業した。政界に入る前には大学の非常勤講師をしており、その頃からフェミニズム運動に関与し始めた。労働党のボブ・ホーク政権で1988年から1993年まで反性差別コミッショナー (Sex Discrimination Commissioner) を務め、その後は2003年7月29日から2008年7月29日まで24代目クイーンズランド州総督を務めた。
2008年にケビン・ラッド首相はブライスをマイケル・ジェフリー総督の後任に指名し、女王エリザベス2世の任命を経て同年9月5日に就任した。
2014年3月28日に任期満了に伴い、総督を辞任した。辞任直前の3月25日、トニー・アボット首相は「総督はオーストラリア勲章(英語版)のナイトあるいはデイムに叙せられる旨女王陛下の裁可を得た」と声明を発表し、ブライスはデイムの称号を受けることとなった[1]。
家族
夫のマイケル・ブライスは建築家でグラフィック・デザイナーである。3人の息子・2人の娘・6人の孫がいる。
脚注
[脚注の使い方]
- ^ A new honour for pre-eminent Australians Prime Minister of Australia
公職 | ||
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先代 マイケル・ジェフリー | オーストラリア総督 第25代:2008年 - 2014年 | 次代 ピーター・コスグローブ |
先代 ピーター・アーニソン | クイーンズランド州総督 第24代:2003年 - 2008年 | 次代 ペネロープ・ウェンズリー |
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